こんにちは。
尼崎で東洋医学南整体院をやっている南です。
本日は、主の祈りについて説明していたいと
思います。
主の祈りとても有名な祈りです。
これはあくまでも伝統的なものではなく、
エドガー・ケイシー流の解釈で行っています。
主の祈りについては、本当に深く使い方
考えさせられました。
どういった使い方が他の理論と
違わずに一貫性を持って解釈できるのかと
考えました。
細かい説明は他の方が説明していますので、
エホバ、ヤハウェなど、愛など違わずに
どう活かすのか意味の解釈のモデルを
ご提供したいと思います。
どんな人が対象かといえば、キリスト教の
主の祈りをどういった形であるいは、生活に
活かしたらいいのかを知りたい方が対象です。
祈りと、瞑想と、行動が、バラバラでも
何ら不都合ではない人は、ご自身の信じる
ものを学んでください。
主の祈りを生き方を通して人生の中で
どういうふうに活用したら良いのか知りたい方は
このまま読んでいただければと思います。
主の祈りとは、
イエス・キリストが弟子から祈り方を教えてください。
と言われた時に教えた祈りです。
解釈ベースになっているのは、エドガー・ケイシーの考え方で
おこなっております。
まずは、英語でご覧ください。
Our Father which art in HEAVEN,
Hallowed be thy NAME.Thy kingdom come. Thy WILL be done in earth,
as it is in heaven.Give us this day our daily BREAD.
And forgive us our DEBTS, as we forgive
our debtors.And lead us not into TEMPTATION,
but deliver us from EVIL:For thine is KINGDOM, and the POWER,
and the GLORY, for ever. AmenMatther 6:9-13
日本語で言えば、天にますます我らの父よ、
願わくは神名の崇めれれんことを
御国の来たらんことを
御心の天の如く地にも行われんことを
われれに今日、日常の糧を与え給え。
我らに罪あるものを、我らが許したように
許してください。
道いて下さい。誘惑にではなく、
そして、悪より解き放ってください。
御国と御力と栄光は永遠にあなたもものです。アーメン
主の祈りを象徴で表すと
1つの光です。
○。 以上。1つです。
しかし、これが難しいかったのです。
もっと具体的にしてくれないと
分かりませんでした。
この1つの光をどうしたら理解できるのか?
段々と噛み砕いていきますね。
1つの光をどう噛み砕く
我々の神は1つです。
それを言葉にすれば、
I AM
以上です。
これだけでは、????となります。
もっと具体的にそうなりますよね。
そこで、この【I AM】を二つに分解して
理解しようとすることが行われました。
次の言葉が、
I am that I AM.
以上です。
これでもまだまだ、難しかったのです。
何を言っているのかわからないのです。
そう思いませんか?
エドガー・ケイシーの解釈によると
最初のI amは自己を表し、次の that IAMは
自分以外のすべてを表しています。
これだもまだまだ難しいのです。
ヤハヴェはYHWHで、ヤへ ヴへに分けるができます。
YH WHです。
エホバも1つの神を表しながら複数形なのです。
これだけでもまだまだわからないのです
人間というのはこの解釈でさまざまな争いが起きています。
さらに、具体的にしていきましょう。
このI am that I am .には、父と子と精霊が
すでに表現されています。
この全体の言葉、つまり、I am that I am.は
父を表しています。最初の I am は子を表し、
後の I amは精霊を表しています。
これだけでもまだまだわからないのです。
更に、具体的にしていきます。
イエス・キリストとは、
イエスは、救いという意味があります。
では、キリストとは、これまた、救い主という意味があります。
イエスは救い、キリストも救いなのです。
救い、救いです。1つの救いでつながっています。
余談ですけど、このつながり、ヨーガといいます。
梵我一如、精神統一、天地人一体。応用になりますが、仏教の言う悟りです。
最初の救いは、自分への救いを表し、キリストは他者の救いを
表しています。
ここまでくれば、なんとなく使えるような感じがしてきたのでは
ないでしょうか?
自分自身を救うことが、他人を救うことであり、
他人を救うことが、自分を救うこととなります。
もっと具体的にしてほしいとのことで、
次の言葉が与えられました。
第一の戒めと第二の戒めです。
有名な言葉があります。
「心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。」(マタイによる福音書22章37節) =I am
第二の戒め「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」(マタイによる福音書22章39節) = that I AM
ここまで、くれば、かなり具体的になりましたね。
エドガー・ケイシーの考え方によると、聖書とは、この二つの教えを
いろいろな角度で述べてものだと考えています。
聖書を要約すれば、二つの戒めになります。
ここまで来てもまだまだ分からないのです。
どのようにこの戒めを活かしたらいいのか?
ちなみに、なぜ、魂を尽くし、力を尽くし、理性を尽くし、
など、書かれてのかわかりますか?
人間の能力を最大限に使うためです。
最大限に力を発揮するためです。
例えると、あなたは、何かスポーツを行った
ことがあるでしょう。
例えば、野球で考えてみましょう。
野球を上手になるには、どうしたらいいでしょうか?
何も知らなければ、ただ野球をしたでしょう。
確かに、ただ毎日野球を上達するために
野球をしても上達はします。
ただ、もっと早く上達する方法があります。
それは、ただ野球をするのではなく、
分けます。
走・攻・守に分けてみます。
そこで、自分が得意なこと不得意なことに
分けて、問題を見つけて、課題を作って
取り組めば、更に野球が上達します。
なので、プロになるとただ野球をしている
わけではありません。
分けて、1つのものを集中的に取り組んで
いきます。
これと同じように、人間の能力を
最大限に引き出すために、魂、心、肉体、力と
分けられたのです。
また、1つ物を深く理解するために、
好きな人が、できたとします。
その人は、男、女、背が高い、低い。
年齢は、趣味はとどんどん細かく
分けていきますよね。
相手を深く理解するために、細かく
分けるのです。
この二つの戒めをさらに活かすために
主の祈りがあるということもお解りかと
思います。
この二つの戒めを表現している
たとえ話が、良きサマリア人のたとえ話があります。
良きサマリア人はネットでまた調べてくさいね。
いっぱい出てきますからね。
ここでは、主の祈りについて行っています。
主の祈りを二つに分解
1つは
Our Father which art in HEAVEN,
Hallowed be thy NAME.
Thy kingdom come. Thy WILL be done in earth,
as it is in heaven.
2つ目は
Give us this day our daily BREAD.
And forgive us our DEBTS, as we forgive
our debtors.
And lead us not into TEMPTATION,
but deliver us from EVIL:
です。
ここまで具体的にすれば、もうほとんど
一貫した意味が流れているのが
理解できると思います。
いかがでしょうかに?
神、自分、隣人。
父・子・精霊。
佛・法・僧
天・地・人
仏、我、衆生。
精・気・神。
繋がりが見えてきたのではないでしょうか?
同じことを違う言葉で表現されてきたことを
気づけるかもしれませんね。
更に具体的にしていきましょう。
ここでは、主の祈りを中心にですけどね。
私達の父とは
Our Father which art in HEAVEN,
この解釈で多くの戦争がありました。
本当に悲しいことが、
ここで明確にしなければ、ならないのは
私達とは誰のこと表しているのかを
知ることが必要です。
この解釈を誤ることで多くの争いが
生まれました。
ここでの私達を理解するには、慈悲の瞑想を
知るまで、分かりませんでした。
慈悲の瞑想とは、仏教のメッタ・スッタが
原典になっています。
その慈悲の瞑想を軽く説明していきます。
そうすれば、我らの父よの我らが理解できませんからね。
慈悲の瞑想とは
慈悲とは抜苦与楽という意味があります。
ただ幸せを祈ることが、慈悲の瞑想になります。
実は、仏教の瞑想には、止観とあり、大きくは
二種類に別れます。止と観です。
慈悲の瞑想は、止になります。
余談ですが、今はやりのマインドフルネスは観の瞑想になります。
ここでは、慈悲の瞑想のことについて説明します。
やり方は、ゆっくりリラックスして、座ります。
そこで、次のように思って座ります。
そうすると、心がとっても穏やかで、幸せな気持ちになります。
このように思ってすわります。
私が、幸せになりまうように。
私の痛みや苦しみがなくなりますように。
私の願い事が叶えられますように。
私に悟りの光がありますように。
私の好きな人が、
私の好きな人が、幸せになりまうように。
私の好きな人の痛みや苦しみがなくなりますように。
私の好きな人の願い事が叶えられますように。
私の好きな人に悟りの光がありますように。
私の嫌いな人が、幸せになりまうように。
私の嫌いな人の痛みや苦しみがなくなりますように。
私の嫌いな人の願い事が叶えられますように。
私の嫌いな人悟りの光がありますように。
私を嫌っている人が、幸せになりまうように。
私を嫌っているい人の痛みや苦しみがなくなりますように。
私を嫌っていう人の願い事が叶えられますように。
私を嫌っている人に悟りの光がありますように。
生きとし生けるものが、幸せになりまうように。
生きとし生けるものの痛みや苦しみがなくなりますように。
生きとし生けるものの願い事が叶えられますように。
生きとし生けるものに悟りの光がありますように。
以上です。
私達の父よという時のわたしたちとは
私、私の好きな人達、私の嫌いな人達、私を嫌っている人たち、生きとし生けるもの
のこだったのです。
分かりましたでしょうか?
汝自身の敵を愛せ!の意味が納得できたのではないでしょうか?
聖書の理解ガ深まるのではないでしょうか?
あなたの神は自分が勝手に作り抱いた神になって
いませんでしたか?
このモデルを理解することで、神の奥深い愛を知ることができます。
そして、敵の中にも大いなる父の愛を見いだせることができます。
ただ、最初は、意気消沈しますが・・・。
困難に立ち向かう時に励みになります。
神名の崇められんことを
わたしたちは、必ず名前をつけることが必要になります。
そうしないと、軸がブレるからです。その名を口にするだけで
我らの父を思い出すその名を付けることが必要になります。
もちろん、人のよって異なりますので、
私、私達、好きな人たち、嫌いな人たち、私を嫌っている人たちと
同じ父です。
その父の名はなんといいますか?
イエス・キリストは愛といいました。
仏教のブッタは、ダルマといいました。
人によってその名は異なります。
その名を言うだけで心が高揚するその名は、
何でしょうか?
神といたり、大日如来・イエス・阿弥陀仏・
その名は?
その名を知るまであなたは神を崇めることはできません。
その名を知るものは使命とは何かを知ることができます。
使命とはその名を地上世界に
表現することです。
神との関係の中で、自分との関係との中で、隣人との
関係との中で。
その名の表現された理想の国を天国と言います。
その名の原理に基づく国が、御国といいます。
その御国を作ることを積極的に参加することを
御心の天の如く地にも行われんことを。
地とは、肉体の次元であり、実際の生活に
表現していこうする試みになるます。
ここまでが、自分と神との関係の祈りになります。
隣人との関係
2つ目は
Give us this day our daily BREAD.
And forgive us our DEBTS, as we forgive
our debtors.
And lead us not into TEMPTATION,
but deliver us from EVIL:
ここでは、神との関係と同じように、
隣人との関係も同じようにします。
ただ、実践し続けます。
だが、失敗の連続です。
最初からうまく行くことがありません。
そこで、どこで躓いたのかなと
懺悔する必要があります。
日々改善、全てを天国にしていきます。
その時に、実践しますが、
なかなかうまく行きませんよね。
そこで、神と会話する時に使うのが、
7つの教会になります。
この7つの教会は、内分泌腺と関わっています。
その内分泌腺は、チャクラとも言われています。
脳下垂体は heaven
松果腺は NAME
甲状腺は WILL
胸腺は EVIL
副腎は DEBTS
ライディッヒ細胞は TEMPTATION
性腺は BREASD
です。
まとめ
主の祈りは神との対話をする方法ということです。
本日は、主の祈りの使い方について説明したきました。
主の祈りの言葉は、
最も難解なところは説明できたと思います。
細かな言葉は、ネットで調べれば、出てきます。
例えば evil. temptation,bread ,debtsなど、
他の方がいっぱい説明してくれています。
1つのものを二つにし、3つにし、7つにしただけだということを
知っておいて下さい。
一様理論を説明しました。
実は、この裏に体験をすることがとっても大切です。
キリストのワークをやっております。
このまま一人で地道に探求するもよし、
もっと深く知りたい方は、当院にまで
ご連絡ください。人生が変わった人が多くいます。
穏やかになれた、人を許せるようになった、
今が一番幸せ、と言っていただいています。
キリストのワークは良ければ、ご参加ください。
本日も最後までご覧いただきありがとうございました。
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