こんにちは。
尼崎で東洋医学南整体院をやっている
南です。
本日は、主の祈りを活用するために
知っておかなければならない
基本原理について説明して
いきたいと思います。
主の祈りを活用するためには、
その祈りの中に込められている
基本原理があります。
主の祈りはあくまでも
その基本原理を詳しく
したものです。
基本原理を最大限に活かすために
主の祈りを使いましょうといのが
本当のところです。
その基本原理とは、
Thou shalt love the Lord thy God with all thy heart, and with all thy soul,
and with all thy strength, and with all thy mind; and thy neighbour as thyself.
Luke 10:27
母が子を思う心で、内なる良心に従って、ありったけのの力で、最善の知性をもって、
主なるあなたの神を愛しなさい。
あなたを必要としている人を わがままな自分自身のように愛しなさい。
一般的訳
主なるなんじの神を心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、
あなたの神である主をあいしなさい、
また、隣人を自分のように愛しなさい。
この考えは、聖書全体をどんな教えだと聞かれた時に
この教えにだと、アメリカの霊能力者のエドガーケイシー
は説明しています。
この基本的な基本原理が前提にあります。
この基本原理の上に主の祈りが成り立ちます。
主の祈りとは、聖書の全体の教え奥義を身につけること
だと言えます。
日々祈る如く、その人にになる。ということです。
学習にも段階があります。
- 知ること
- 知っていることを行う。
- 知っているし、できる。
- 無意識にできる。
しっかりと身につけることで、
よりよい人生を歩むことができます。
内分泌腺が活性化され、あなたの能力はどんどんと
成長し、あなたの周りから世界が変わり始めます。
本当に不思議です。
さて、この基本原理は、大きく2つに分けることができます。
主なるあなたの神を愛せ。
と
隣人をあなた自身のように愛せ。
です。
ここで大切なことは主なるあなたの神とは?
どんな神なのかということです。
人それぞれにこの神の意味が違います。
この違いによって大きく人によって
変わるところです。
その神とは、?
ヒントは、あなたの神です。
この神とは、そう、あなたの一部なのです。
例えると、
あなたの服、
あなたの考え、
あなたの身体、
あなた=服ではないのです。
あなた=考えではないのです。
あなた=身体ではないのです。
その服は、あなたのものであって、あなたそのもではない。
だから、その服が無くなったとしてもあなたはなくならない。
あなたの考えであって、その考えが無くなったからと言って、
あなたはなくならない。
その身体はあなたの身体であって、その体が無くなったからと言って
あなたそのものは、なくならない。
そう、神とは、あなたの一部を表現しています。
あなたの神であって、あなた=神ではない。
その神が無くなったからと言って、あなた自身は
なくならない。
ここでの神とは?どうやら
その神は、あなたの認識しうる最高のものということが
言えます。
これだけでは、まだ不十分です。
隣人をあなた自身のように愛しなさい。
そのあなた自身とは、ここでは、英語では、thyself
とあります。
本当の自分自身という時、ここでは永遠の魂を表現する時は
Thyselfとなります。Tを大文字に書きます。
しかし、ここの英語は、thyselfとなっています。
つまり、神に反逆するどうしよもない自分自身のように、
隣人をあいしなさい。ということです。
具体的には、勉強をしないといけないと分かっているのに
勉強をしない自分。
美しい好きな人を見れば、どうしても
自分のものにしたいと思う自分。
誰も見ていないし、これくらいならサボってもいいだろうと
サボる自分。
この自分自身のように隣人を愛しましょう。
自分自身の欠点を認め受け入れ、その自分自身に
手を差し伸べる。その欠点の学びから成長へと
自分自身を変容していきます。
同時に、隣人に助けの手を差し伸べることで、
もし、隣人が救われたなら、自分も成長し、
それと同時に自分の欠点も克服していきます。
それだけではなく、救われた人自身も、未来が
広がり、その人自身も変容し、隣人を愛するように
なるでしょう。
具体的にいうと、
ある青年が将来医者になりたいと言いました。
なぜ、なぜなのと聞くと、
小学生時代に骨折し、病院で手術をして
どうしようもないと思っていたのに、
治してくれたからといいます。
それから、無事にスポーツやサッカーなども克服できるように
なったからです。
その経験があったことで、
その青年自身も、多くの病気で
困っている人を助けたいと思ったので
将来、医者になりたいと思いました。
ということです。
win win の関係が実現できます。
むしろ、どちらにもいいものが実現できることが
隣人愛となります。
さらに難しい隣人愛
隣人の意味については後で詳しく説明します。
取り敢えず、隣人にはあなたの敵、あなたを嫌っている人という
意味があります。
また、あなたの敵を愛せ。
の実践は、もっと厳しい試練となります。
本当に過酷なものとなります。
この実践は、大人になればなるほど、
実践が困難になります。
なかなか、今までの習慣や固定観念が
ありますので、自身の敵を愛せの実践は
難しいものとなります。
できれば、自身の敵を愛せの実践は
小学生までにできればいいですね。
頭が固定観念に縛られない内に
実践が必要です。
その代り、敵を愛するの実践は、
多くの気付きを与えてくれます。
なぜ、行動が必要なのか
実際に行動することで、いろいろと気づくことが
できるからです。
頭だけで行ったとしても、それは暗示にしかすぎません。
催眠術です。演劇、役者になります。
実際に行動することで、大きく変容します。
しかし、暗示や、催眠術でも身体は変化します。
例えば、
暗示や催眠術で、リラックスさせるのに、
あなたはとても心地良い自然に囲まれた
温泉にきています。
そこにゆっくりと入って、体がぽかぽか
心地よく暖かくなってきます。
体の気持ちよくなってきて身体の力がスゥーと抜けます。
身体から緊張が取れ、体が気持ちよくリラックスしてきています。
その心地よさをゆっくりと味わって、感じてみましょう。
と暗示をかけたとしても、
本当に温泉に行って、リラックスするよりも
効果があるわけではありません。
所詮は頭の仮想であって、本物とは
全然効果が違います。
架空から、実際に行動をすることによって
真実にしましょう。
真実を見る目を養う
人間は、どうしても自分の考えで
物事を見がちです。
自分色のサングラスで物事を見るので、
真実を見ることができません。
実践をするには、自分の今まで築いてきたものを
捨てなければなりません。
どうしても今までの自分の考えに縛られているものを
捨てることはできません。
本当にしんどいものです。
自分自身が拠り所とした信念を
捨てることは、今までの自分自身を
捨てることになるからです。
敵を愛せ、実践し続けることで、
今まで、どれだけ自分の信念や考えに
縛られて来たのか実感できるでしょう。
そして、どれだけ自分が罪深き
存在であるのか、しみじみ噛みしめることが
できます。
その罪深き自分を愛してあげてください。
ルカ18:10~14
二人の人が祈るために神殿に上がった。一人はファリサイ派の人で、
もう一人は徴税人だった。
ファリサイ派の人は立って、心の中でこのように祈った。『神様、わたしは他の人たちのように、
奪い取る者、不正な者、姦通を犯す者でなく、また、この徴税人のような者でもないことを
感謝します。わたしは週に二度断食し、全収入の十分の一を捧げています。』ところが、
徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。『神様、
罪人の私を憐れんでください。』言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人で
あって、あのファリサイ派の人でない。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は
高められる。
その罪深き自分を愛することができる時、
物事や考えがあるがままに見ることができます。
自分というフィルターを通さずに、物事を
あるがままに見ることができるのです。
相手に見ていた嫌のところは実は、
自分自身の嫌なところであったり、
欠点だったことに気づく瞬間でもあるのです。
そこまで、至るには、無意識の反抗は
凄まじいものがあります。
だれもが、この自分という壁を越えられるのか
今でも、疑問に思っています。
この自分の考えや信念という壁を超えることが
できたなら、あなたはその時、あなたの敵の中にも
神を見出すことができます。
敵の中に、神を見いだせた時、そっと気づくのです。
「ああ、自分の中に神がいた」ことを。
余談ですが、今まで抱いていた信念や考えは役に立つので
あれば、再び取り入れてください。いらないものは捨てましょう。
あらたに再生、復活しましょう。
神とは?
そこで、ここで本当にいいたい神とは、唯一の神とは?
誰が、愛するのか?
誰が、主なるあなたの神を愛するのか?
誰が自分自身のように隣人を愛するのか?
この2つの基本原理を成立させる事ができた時
神の姿を見ることができます。神の声を聞くことが
できます。その主の臨在を感じることができます。
その2つのLOVEを一つに結びつけるものが神です。
最後にこの隣人とは、
隣人とは、良きサマリアの例えがあります。
ルカによる福音書10:25-29
25 すると、ある律法の専門家が立ち上がり、
イエスをためそうとして言った。「先生、何をしたら永遠の
命を自分のものとして受けることができるでしょうか。」
26 イエスは言われた。「律法には、何と書いてありますか。あなたは
どう読んでいますか。」
27 すると彼は答えて言った。「『心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くし
知性を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』また『あなたの隣人をあなた自身
のように愛せよ。』」とあります。
28 イエスは言われた。「そのとおりです。それを実行しなさい。そうすれば、
命をえます。」
29 しかし彼は、自分の正しさを示そうとしてイエスに言った。
「では、私の隣人とは、だれのことですか?」
どう書いてあるのか? どう解釈しているのか?
この律法学者は、ユダヤ人です。
ルカによる福音書10:30-37
30 イエスは答えて言われた。「ある人が、エルサレムからエリコへ下る道で、
強盗に襲われた。強盗どもは、その人の着物をはぎとり、なぐりつけ、半殺しにして
逃げて行った。
31 たまたま、祭司がひとり、その道を下って来たが、彼を見ると、反対側を
通り過ぎて行った。
32 同じようにレビ人も、その場所に来て彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。
33 ところが、あるサマリヤ人が、旅の途中、そこに来合わせ、彼を見てかわいそうに思い、
34 近寄って傷にオリーブ油とぶどう酒を注いで、ほうたいをし、自分の家畜に乗せて宿屋に
連れて行き、介抱してやった。
35 次の日、彼はデナリ二つを取り出し、宿屋の主人に渡して言った。
『介抱してあげてください。もっと費用がかかったら、私が帰りに払います。』
36 この三人の中で誰が、強盗に襲われた者の隣人になったと思いますか。」
37 彼は言った。「その人に憐れみをかけてやった人です。」するとイエスは
言われた。「あなたも行って同じようにしなさい。」
強盗に襲われた人は、ユダヤ人です。
祭司は、日本では神主みたいなものです。
この神様へ儀式をしている時に死体に触ると
汚れるということで、一週間汚れをとるために
儀式をしないといけない決まりがあります。
ユダヤ人です。
レビ人は、神主の行う儀式を手伝う人で
ユダヤ人です。
サマリア人は、ユダヤ人と外国人の混血です。
ユダヤ人から見ると汚らわしい人種です。
2デナリという金額は宿賃2ヶ月分くらいです。
ユダヤ人とサマリア人は敵対関係にあります。
イエスが教えている人たちは、サマリア人ではなく、
ユダヤ人にです。
ここで大切ポイントとして、
誰が私の隣人なのか?という質問に対して
誰の隣人になるべきか?という質問じたいが
変わっています。
登場人物
- 祭司・
- レビ人 ユダヤ人
- 強盗に襲われたある人
- サマリア人
愛の成就を見ていきましょう。
。
祭司の仕事 主なるなんじの神を愛せ! (1つ目の成就)
良きサマリア人が 隣人(強盗に襲われた人)をあなた(レビ人)のように愛せ!(2つ目の成就)
ここではここが一番大切
隣人とは、あなたの助けを必要としている人、あなたにしか
助けられない人、あなたの敵、あなたを嫌っている人たちです。
愛しなさい。・神なる主を
・あなた自身のように隣人を
この二つの愛を一つにするものが神です。
ヒント
登場人物
- 神
- あなた
- 隣人
主の祈りはこの神の愛をもっと詳細にしたものです。
本日は、以上です。
とっとと理解し、実践し、次の主の祈りに進みましょいう。
本日も最後までご覧いただきありがとうございました。
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